SPECIAL INTERVIEW

秦 由加子 × 武井 信也 スペシャル対談 Vol.2

2016年に行われたリオデジャネイロ大会で見事6位入賞を果たしたパラトライアスリートの秦 由加子選手(キヤノンマーケティングジャパン・マーズフラッグ・ブリヂストン)。 リオからの帰国後も精力的に大会に挑み、トップアスリートとして活躍している秦選手と、年間150回以上のフライトで世界を駆け回るマーズフラッグの代表・武井 信也が対談を行いました。

  • 秦 由加子 選手
    キヤノンマーケティングジャパン・
    マーズフラッグ・ブリヂストン
    パラトライアスリート
  • 武井 信也
    株式会社マーズフラッグ
    代表取締役社長
  • 橋本 由布子 さん
    インタビュアー
障がい者自身が「障がいも個性の一つ」と捉える

初めて出場した夢の舞台で6位入賞。地元である千葉県市原市の市民栄誉賞にも選ばれましたが、大会を終えて環境や心境に何か変化はありましたか?

パラリンピアンという肩書きが加わることで、注目される存在になるのだなと、帰国してから実感しました。講演の依頼を頂くこともあり、最初は自分なんかがそんな役目を引き受けても良いのだろうか…という葛藤もありましたが、自分の経験を伝えることが、日本が変わる何かしらのきっかけになればと考えるようになりました」

東京都が主催する「夢・未来」プロジェクト(オリンピアンやパラリンピアン等のアスリートと子どもたちが交流する取り組み)の一環で、小学校や中学校で講演をすることがあるのだと伺いました。子どもたちと直接触れ合ってみて、いかがでしたか?

子どもたちは、何の先入観もなく話を聞いてくれるんですよ。親御さんが一緒に参加されることもあるのですが、大人の方がドキドキされているんです。障がいに対してどこまで踏み込んでいいのだろうかとか、子どもたちにどう伝えればいいのだろうかと、変に気を遣っている。でも子どもたちは正直なんです。」

武井

子どもたちの心って真っ白だよね。そうした中に啓蒙できることは素晴らしいことだと思います」

自分や家族、友達が障がい者になる可能性だって普通にあるわけです。私自身も13歳までは健常者だったので、その経験を交えながら、誰もが障がいを持つことがあり得るのだということ、障がい者を当たり前にいる存在として受け入れて欲しいということを伝えています。子どもたちの “そうなんだ”という素直な反応を見ていると、社会が変わるのはこういうことなんだなと肌身で感じることができるんですよ」

背が高い人もいれば低い人がいるのと同じように、足がある人もいればない人もいるということですよね。

はい。実際にその程度のことだと思います。加えて、私たち障がい者自身が障がいを自分の個性の一つとして捉えることも大切だと思います。健常者に知ってもらうだけではなく、私たち自身も変わっていかないと…。

ある雑誌のカバーに、義足を付けた筋肉隆々の女性アスリートが載っているのを見て、すごくカッコいいと思ったんです。彼女はアメリカ人でしたが、私もこんな女性になりたいと憧れて、義足を隠すように付けていたカバーを外すようになりました。今は義足を出して外を歩くこともあるんですよ」

アメリカが強い理由

秦さんが憧れた選手もアメリカ人だったとのことですが、パラトライアスロンの世界でも、ITの世界でも、アメリカが強いですよね? なぜだと思われますか?

アメリカには障がい者アスリートを支援するCAF(チャレンジ・アスリート・ファンデーション)という団体があり、企業がスポンサードして義足などの器具や競技に必要なものをすべて無償で用意してくれるので、誰もが競技に挑戦できる環境が整っているんです。

一方で日本は、親御さんが全部揃えてあげなければならないんです。子どもの成長は早く、その都度作り替える必要があるので、相当の経済力がないと続けることは難しいですよね。体育の授業に参加できない子も多く、スポーツに触れられる機会も限られています。

アメリカの選手たちには伸びていく環境があり、切磋琢磨できる仲間がいる。これは言い訳の一つでもあるのですが、日本にもこうした環境があればな…という想いはあります」

武井

僕も高校生の頃にスティーブ・ジョブズがカッコいいと思いました。インターネットの前身でニュースを見ていたら、“株式公開をして25歳で2億ドル(当時で約450億円)の資産を手にした学生がいる”というニュースを見つけて。Appleが株式公開したときのニュースだったのですが、プログラマーってそんなに稼げるの? しかも学生起業家が?って、衝撃でしたね。

若い人に投資をしたり、大学を中退していてもチャレンジすることができたりというアメリカの風土が、層の厚みを生んでいるのだと思います。才能がある人がどんどん出て来ることができる環境がある。

僕が学生時代に起業したとき、『まだ早い』とか『一度企業に入って勉強してからにしたら?』とか、まわりからは色々言われましたが、聞く耳を持たなかったですね。自分にできるかどうかはわからないけど、世界に目を向けると、そうやって成功している学生が実際にいたので、自分にも可能性があるだろうと思いました」

0.5歩先への挑戦が成長させてくれる

アメリカと比べるとパラスポーツやビジネスをするには厳しい環境なのですね。秦さんは他のインタビューで、ゴールした後に足が血だらけになるのだと話しておられますが、それでも過酷なレースに挑み続ける理由は何なのでしょうか?

トライアスロンは、スイム、バイク、ランの3種目で競う競技です。そのすべてがきついと続けられないと思うのですが、私の場合は水泳がものすごく好きなんですよ。最初に気持ちよく泳いで、次に自転車で気持ちよく風を切って、最後は足が痛いし、しんどいけれど、完走するために頑張って走るんです」

他の種目があることで、水泳の楽しさが際立つのですね。

きっと水泳だけやっていたら、今のような充実感を味わえなかったと思います。ちょっと苦しいことを乗り越えることで成長するし、達成感も増すのだと思います」

武井

マーズフラッグも同じで、“アジアでナンバーワンになること”を目標に、得意な国と頑張る国でバランスを取りながら事業をしています。世界各国でサービスを展開していますが、正直、やりやすい国とそうじゃない国ってあるんですよ。でも“アジアナンバーワン”を目指す限り、苦手な国でもチャレンジしなければなりません。

売上高や事業を継続することを目標にするのなら、正直に言えば国内だけで勝負した方が楽です。でも僕たちは、ただ継続するだけの企業にしたいわけではないんですよ。自分たちの夢を実現することの方が大事。失敗したらやり直せばいい、お金もまた集めてくればいい。でも時間だけは取り戻せないんですよね。だから、きついことをして成長した方がいい。ただ、負荷をかけすぎるとケガをしちゃうので、その塩梅がポイントです。1歩先のことは危険だけど、0.5歩先くらいのことに挑戦するのがちょうどいいと思いますね」

守りとチャレンジと達成感、そのバランスが良い加減なのが0.5歩先の挑戦ということですね。

武井

はい。うちがつらいということは、みんなもつらいんです。だからチャンスでもあるんですよ。性格にもよるのかもしれないけれど、僕も秦さんもチャレンジャーなのだと思います。最初にお会いしたときに直感しました」

2017年5月23日(火)
発行:株式会社マーズフラッグ
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